2022年2月10日木曜日

トゲワレカラ Caprella scaura Templeton, 1836

    Amphipoda 端脚目>Senticaudata亜目>Caprellidae ワレカラ科 

図1a:トゲワレカラ♂ 体長12.5㎜
2021年4月神奈川 岩礁帯タイドプール アミジグサから採集
※体長は頭端から腹端までを計測した

図1b:トゲワレカラ♂ 体長10.1㎜
2022年1月神奈川 岩礁帯潮下帯 フクロノリから採集

 北海道南部から本州沿岸、瀬戸内海、九州沿岸など日本各地に分布している。体長は雄で40㎜まで。個体数は多く、海藻類のほか定置網やロープなどの海洋構造物にも付着する。

 頭部には前方に向かう棘がある。第1触角は体長の1/2以下で、鞭状部第1節は数節が癒合している。大型の雄は体節が全体的に細長くなる。体節の棘の体節中では第2胸節が最長。第3~5胸節の長さはほぼ等しい。第6・7胸節の長さもほぼ等しく、第5胸節のおよそ半分。鰓は細長い卵形。

図1c:トゲワレカラ♀ 体長8.1㎜
2022年1月神奈川 岩礁帯潮下帯 フクロノリから採集

 雌のほうがごつごつしている。

図2a:♂第5-7胸節と第5-7胸脚

 第5胸節背面に2対の突起があることが本種の大きな特徴で、類似種とはこの点で区別できる。ただし、突起が非常に不明瞭な場合が場合がある。第5-7胸脚はほぼ同じ形で、前節腹面基部に1対の把握棘をもつ。

図2b:♀背面

 第2~4胸節背面には1対、第5胸節背面には2対の突起がある。雌雄のトゲワレカラの背面の突起には非常に変異があり、そうした変異から亜種分けされることもある。詳しくは下記の「トゲワレカラの亜種区分について」を参照。

図2c:♂第2咬脚
上が図1b、下が図1aの個体のもの

 基節の背面前端に三角状突起がある。小型の雄の第2咬脚は前節が卵形で雌に似ている。体節が伸長した雄では第2咬脚も発達し、基節と前節が細長くなる。前節腹面中央に掌部突起、掌部中央に毒歯、掌部末端に三角状突起がある。

 トゲワレカラは北半球・南半球の中緯度地域を中心に世界中で報告されている。最近になって発見された地中海(1994年)、ハワイ(1999年初記録)、アメリカ合衆国大西洋沿岸(2004年)、西オーストラリア・タスマニア(2003年、2004年)などでは外来種とされている。地中海に移入された個体群はおそらく船体に付着して分布を拡大し、2011年にはジブラルタル海峡を越え大西洋に到達している。移入先で非常に密度が高くなるケースもあり、現地の生態系に何らかの影響を及ぼしていると考えられている。


ーーーーーートゲワレカラの亜種区分についてーーーーーー

 トゲワレカラは変異が非常に激しく、形態的な差異からいくつかの亜種に分けられ、現在は5亜種が認められている(Cabezas et al., 2014;WoRMS, 2022年1月閲覧)。日本にはそのうち3亜種が分布しているとされ(Arimoto, 1976)、複数亜種が同所的に見られることもある。

ssp. cornuta Mayer, 1890
ssp. diceros Mayer, 1890(日本では北海道南部~九州沿岸;タイプ産地は神戸市)
ssp. hamata Utinomi, 1947(日本では本州沿岸;タイプ産地は日本)
ssp. scaura Templeton, 1836(インド洋西部が原産。地中海に移入。;日本では本州沿岸;タイプ産地はモーリシャス)
ssp. spinirostris Mayer, 1890
※ssp. typica Mayer, 1890 は ssp. scaura にシノニマイズされたため、日本の ssp. typica の記録は ssp. scaura のものとして扱った。

 しかし、トゲワレカラの亜種区分の妥当性には疑問を唱える声もあり、形態による同定結果と遺伝子の差が一致しない場合もある。最近のトゲワレカラを扱う論文でも亜種まで同定されているものは少ない。今後さらなる検討が必要だと思われる。

 Arimoto (1976) によると、日本産3亜種の成熟雄の主な識別点は以下の通り。
ssp. scaura:第4胸節背縁後端に後ろ向きの突起がない。第1~3胸節背縁に棘はない。
ssp. diceros:第4胸節背縁後端に後ろ向きの突起がある。第1~3胸節背縁後端に前向きの棘はない。
ssp. hamata:第4胸節背縁後端に後ろ向きの突起がある。第1~3胸節背縁後端に前向きの棘がある。

 本ページに掲載した写真はすべて ssp. diceros だと思われる。


ーーーーーー日本における類似種との比較ーーーーーー

 トゲワレカラと酷似した種がいくつかあり、同定には注意が必要です。類似種についてごく簡単に成熟雄の特徴を紹介します。

トゲワレカラモドキ(C. scauroides Mayer, 1903):体長約30㎜。体節と第5~7胸脚が頑強。第5胸節背面の棘は1本。
モノワレカラ(C. monoceros Mayer, 1890):体長約10㎜。頭部に棘はない。第5胸節背面の棘は1対。
テナガワレカラ(C. gigantochir Mayer, 1903):体長約20㎜。第2咬脚前節基部が伸長し、漏斗状になる。胸節の中では第5胸節が最長。
カマテワレカラ(C. simia Mayer, 1903):老成個体では、第2咬脚基部直上の胸節背縁に1対の棘があること、第2咬脚基節がトゲワレカラより伸長することから区別できるが、小型の雄や雌はトゲワレカラと酷似する。


<参考>
・Arimoto I (1976) Taxonomic Studies of Caprellids (Crustacea, Amphipoda, Caprellidae) Found in the Japanese and Adjacent Waters. Special Publications from the Seto Marine Biological Laboratory, Ⅲ, 229pp.
・竹内一郎(1995)ワレカラ亜目. In; 西村三郎. 原色検索日本海岸動物図鑑[II]. 保育社, pp.193-205.
・細野隆史・宗原弘幸(2001)北海道南部臼尻周辺に出現するワレカラ類(甲殻綱,端脚目,ワレカラ科). 北海道大学水産科学研究彙報, 52 (1) , pp. 11-37.
・大路紘裕・長谷千波矢・原田侑季・荒木岳士・田中愛・松岡栞・森彩花・ 篠原律貴・奥山浩喜・新谷翼芽・阿部凌大・平尾優季(2020)瀬戸内海産 Caprella scaura の遺伝的2グループの特性解明. 共生のひろば, 15, pp. 16-17.
・Cabezas MP, Xavier R, Branco M, Santos AM and Guerra-García JM (2014) Invasion history of Caprella scaura Templeton, 1836 (Amphipoda: Caprellidae) in the Iberian Peninsula: Multiple introductions revealed by mitochondrial sequence data. Biological Invasions, 16, pp. 2221-2245.
・Guerra-García JM, Ros M, Dugo-Cota A, Burgos V, Flores-León AM, Baeza-Rojano E, Cabezas MP and Núñez J (2011) Geographical expansion of the invader Caprella scaura (Crustacea: Amphipoda: Caprellidae) to the East Atlantic coast. Marine Biology , 158, pp. 2617-2622.