一般的なワレカラ類の体制

 ワレカラ科(Caprellidae)は3亜科に分類される。それぞれの亜科は簡単に以下のように識別できる。
・ワレカラ亜科(Caprellinae):大顎臼歯部をもつ。第3,4胸脚は退化的で0-3節。腹部は著しく退化し1節。
・ハラナガワレカラ亜科(Paracercopinae):大顎臼歯部をもたない。第3,4胸脚は退化的で1節。腹部は5節からなるが、腹肢と尾肢は退化的。
・ムカシワレカラ亜科(Phtisicinae):大顎臼歯部をもたない。第3,4胸脚は明瞭で、通常6節(Prellicana属などでは消失する)。腹部は著しく退化し1節。

 日本の沿岸域で見つかるワレカラ科の多くは「ワレカラ亜科 > ワレカラ属(Caprella)」である。ここではワレカラ属の1種、トゲワレカラ(C. scaura)を例に一般的なワレカラ類の体制を紹介する。

 ここで使う名称は筆者が便宜的に選んだものです。論文でも用いられている名称は統一されておらず、またそれぞれの名称がすべての種で当てはまるわけでもありません(※1)。


ーーーーーー各部の名称ーーーーーー

図1:トゲワレカラ♂ 全形

【1:頭部(head/cephalon)】
 第1,2触角と口器、複眼を具える。頭部に突起をもつ種では突起の向きや位置、形などが同定形質となる。

●第1,2触角(antenna 1,2)
 長く大きい節が連なる柄部(peduncle)と短く小さい節が連なる鞭部(flagellum)に分けられる。第1触角に副鞭をもたない。

【2:胸部(pereon/peraeon)】
 第1-7胸節(pereonite/peraeonite 1-7)からなるが、第1胸節は頭部と癒合する。第3,4胸節腹面に鰓(gill)を1対ずつもつ。ムカシワレカラ亜科では第2胸節に鰓をもつものもいる。成熟した雌では第3,4胸節腹面に覆卵葉(oostegite)をもち、その中に卵を抱える(図5)。


図2:トゲワレカラ♂ 第2咬脚・第7胸脚

 胸脚(pereopod/peraeopod)は7対ある。第1,2胸脚(pereopod/peraeopod 1,2)は第1,2咬脚(gnathopod 1,2)とも呼ばれる。第3,4胸脚は、ムカシワレカラ亜科を除き、退化傾向にある。

 胸脚は基本的に7節からなり、近位から順に「底節(coxa)/第1節(1st article)> 基節(basis)/第2節(2nd article)> 坐節(ischium)/第3節(3rd article)> 長節(merus)/第4節(4th article)> 腕節(carpus)/第5節(5th article)> 前節(propodus)/第6節(6th article)> 指節(dactylus)/第7節(7th article)」と呼ばれる。ただし、底節は痕跡的か完全に消失する場合がある。

●第2咬脚(gnathopod 2)= 第2胸脚(pereopod/peraeopod 2)
 種間闘争や捕食に使う。雄の第2咬脚は大型化し、特に基節と前節が伸長する。腕節は退化縮小する傾向がみられ、しばしば前節に癒合する。把握棘(grasping spine)をもつ種もいる。前節腹面にある突起が重要な特徴となる。

・掌部突起(palmar projection):しばしば先端に棘を具える。
・毒歯(poison tooth/spine):ワレカラ属の一部の種では、先端付近に細孔が複数空いており、その孔が腺組織につながっていることが知られている。種間闘争の際など、ここから毒を出して相手を攻撃することが示唆されている。
・三角状突起(triangular projection)

●第3,4胸脚(pereopod/peraeopod 3,4)
 第3,4胸脚の有無や節数が重要な特徴。鰓の外側につく。ムカシワレカラ亜科では明瞭だが、その他のワレカラ類では小さく単純な形をしている。

●第5-7胸脚(pereopod/peraeopod 5-7)
 主に基質を掴むことに使う。把握棘をもつ種もいる。


図3:トゲワレカラ♂ 第5胸節~腹節 背面

【3:腹部(abdomen)】
 ハラナガワレカラ亜科以外では非常に小さく退化的。腹面に0-2対の付属肢を具える。棒状の腹部付属肢(abdominal appendage)と葉状の耳状突起(abdominal/ear lobe)があるが、属によってそれぞれの数が異なるほか、同属でも雌雄で付属肢の数が異なることもある(図6)。


図4:トゲワレカラ♂ 口器
In:内葉(inner lobe) Ou:外葉(outer lobe) Pa:鬚(palp)
Inc:切歯(incisor) La:可動葉(lacinia) Ser:sctal row Mo:臼歯(molar tubercle)

【4:口器(mouthparts)】
 6つの部位から構成される。
●上唇(upper lip = labrum)
●下唇(lower lip = labium)
●大顎(mandible):鬚、切歯部、可動葉、sctal row、臼歯部に分けられる。ワレカラ属は大顎鬚をもたないため、図4には写っていない。
●第1小顎(1st maxilla):鬚と外葉に分けられる。内葉はない。
●第2小顎(2nd maxilla):外葉と内葉に分けられる。
●顎脚(maxilliped):鬚、外葉、内葉に分けられる。



ーーーーーー種内変異についてーーーーーー

 個人的にワレカラ類を同定するうえで厄介だと思っているのが、種内変異が激しいことが多く、一見別種のように見えるほど外見が異なることである。種を同定するときには、特に成熟段階や性別に注意する必要がある。


図5:トゲワレカラ成体 下から成熟♀、成熟♂、老齢♂
トゲワレカラの体色は変異に富む

【1:成熟段階による体形の変化】
 幼体や未成熟の個体では同定形質が現れていないことがあり、同定は難しい。雌では成熟すると第3,4胸節腹面に覆卵葉が発達するため、簡単に成熟個体を判別することができる。

 ワレカラ属などの雄では成熟するにつれ体節が伸長し、外見が著しく変化する。特に第2触角柄部と第1,2胸節が伸長し、第2咬脚が大型化する。第2咬脚は基節と前節が伸長し、前節の棘や突起の位置関係も変化する。

【2:雌雄判別】
 一般的には雌雄の体格差が大きく、雄が大型化する。体節の比率や突起なども雌雄で異なる場合がある。成熟個体の場合、体節が伸長していたら雄、覆卵葉が発達していれば雌と判断できる(図5)。



図6:トゲワレカラ 腹部 腹面

 雄は腹部腹面に1対のペニスをもつ。雌の生殖器は第5胸節腹面にある。ワレカラ属では雄のみが腹部付属肢をもつことでも雌雄判別が可能(※2)。同様の方法で雌雄判別できる属もあるが、属によって腹部の付属肢の数が異なる(雌雄差が現れない属もある)ので、注意する必要がある。

図7:交尾前ガードをするマルエラワレカラ(C. penantis)の雄

 ワレカラ類の交尾前ガードは雄が第2-4胸脚で雌を抑え込む、第5胸脚で雌の体を馬蹄状に折り曲げる、体を平行に沿わせて雌に馬乗りになるなどのパターンがある。どの場合でも交尾前ガードするほうが雄で、されるほうが雌である。

 交尾前ガードされていた雌は脱皮後に雄と交尾する。交尾の際、雄の腹部末端にある交尾器から雌の第5胸節腹側にある生殖孔へ精子が受け渡される。


<注釈>
※1:例えば、「胸脚」は「pereopod」や「peraeopod」のほかに「pereiopod」と言われることもあるようです。第2咬脚前節の構造物についても、tooth/spine/projection/hump(日本語に直訳すると歯/棘/突起/瘤)などがケースバイケースで使われているようです。

※2:クビナガワレカラ(C. equilibra)の一部の雌は腹部付属肢をもつという報告もあります(Guerra-garcía and Ros, 2012)。ワレカラ属でも「腹部付属肢をもてば雄」とは言い切れないようです。

<参考>
名称・用語の参考
日本語:細野・宗原(2001)、小川(2011)、富川・森野(2012)
英語:Arimoto (1976) 、Hiebert (2015)

・青木優和(1997)ワレカラ類の繁殖行動 交尾前ガードと子守行動. In; 日高敏明(監修)奥谷喬司・武田正倫・今福道夫(編集). 日本動物大百科 第7巻 無脊椎動物. 平凡社, p. 137.
・有元石太郎(1971)Caprellidae(われから科)の成長にともなう体形の変化 : Caprella equilibra SAYの場合. 甲殻類の研究, 4.5 (0) , pp. 196-203.
・Arimoto, I. (1976) Taxonomic Studies of Caprellids (Crustacea, Amphipoda, Caprellidae) Found in the Japanese and Adjacent Waters. Special Publications from the Seto Marine Biological Laboratory, Ⅲ, 229pp.
・Guerra-garcía JM. and Ros M. (2012) PRESENCE OF ABDOMINAL APPENDAGES IN FEMALES OF CAPRELLA EQUILIBRA SAY, 1818 (PERACARIDA, AMPHIPODA): IS METACAPRELLA MAYER, 1903 A VALID GENUS?. Crustaceana, 85 (1), pp. 71-79.
・Hiebert, T.C. (2015) Caprella drepanochir. In; Hiebert, T.C., Butler B.A., and Shanks A.L. (eds.). Oregon Estuarine Invertebrates: Rudys' Illustrated Guide to Common Species, 3rd ed.  University of Oregon Libraries and Oregon Institute of Marine Biology, Charleston, OR. (最終閲覧日:2022年2月28日)
・平山明(1995)端脚目. In; 西村三郎. 原色検索日本海岸動物図鑑[II]. 保育社, pp.172-193.
・細野隆史・宗原弘幸(2001)北海道南部臼尻周辺に出現するワレカラ類(甲殻綱,端脚目,ワレカラ科). 北海道大学水産科学研究彙報, 52 (1) , pp. 11-37.
・Myers, A. A. and Lowry, J. K. (2003) A PHYLOGENY AND A NEW CLASSIFICATION OF THE COROPHIIDEA LEACH, 1814 (AMPHIPODA). Journal of Crustacean Biology, 23 (2) , pp. 443-485.
・小川洋(2011)東京湾のヨコエビガイドブック A Guidebook of Gammarids in Tokyo Bay Open edition ver.1.3. 東邦大学理学部 東京湾生態系研究センター, 138pp.
・Takeshita, F. and Wada, S. (2012) MORPHOLOGICAL COMPARISON OF THE SECOND GNATHOPOD IN MALES OF FOUR CAPRELLID SPECIES (AMPHIPODA: CAPRELLIDAE). Crustacean Biology, 32 (4) , pp. 673-676.
・竹内一郎(1995)ワレカラ亜目. In; 西村三郎. 原色検索日本海岸動物図鑑[II]. 保育社, pp.193-205.
・富川光・森野浩(2012)日本産淡水ヨコエビ類の分類と見分け方. タクサ 日本動物分類学会誌, 32 , pp. 39-51.

<更新履歴>
2022年2月28日:ページ公開
2022年3月5日:注釈「※1」を加筆
2022年3月15日:青木(1997)を参考に交尾前ガードおよび交尾について加筆
2022年4発10日:Guerra-garcía JM. and Ros M. (2012) を参考に生殖器の記述と注釈「※2」を加筆、図6を少し改変